初詣の行列は何故とんでもなく長くなるのか


初詣どこに行くのか。

毎年冬に入る頃には楽しくも頭を悩ませてしまう一大事の一つである。

 

一時期は重要文化財を所有し初詣時などに公開しているところ、具体的には府中の大國魂神社や杉並の井草八幡宮などに詣でたこともあった。

境内脇に重文の橋が架かっている富岡八幡宮などもそうだ。

最近はそういったところもあらかた行き尽くしてしまい、正月から遠出するのも面倒な気がして、比較的近隣を攻めていくようになっている。

しかし、昨年トライした亀戸天満宮・香取神社があまりの行列、しかも後に詳しく述べる「進まない列」だったために連続で断念してしまったこともあり、今回は数年ぶりに浅草寺・浅草神社への夜詣を決行することにした。

 

自分としては初詣とはあくまでも神社に詣でることだと思っており、なので川崎大師(平間寺)や成田山新勝寺などへ「初詣」に行くつもりは無い。

江戸以前の神仏習合を考慮したとしてもやはり今はきちんと分けられてはいるのだし、そもそも仏教に初詣、という概念があるのだろうか。

 

その考え方でいけば、浅草寺も勿論アウトである。

でも、浅草寺には表題にもある浅草神社が境内に鎮座している。

なので、個人的にはあくまでもそちらの浅草神社が初詣の対象と考えている。

とは言え、浅草まで来て浅草寺を素通り、というのも何だか寂しい気分だし、浅草神社は祭神からして浅草寺の鎮守としての要素が強い、と言うかそれしか無いので浅草寺の方はあくまでも通常のお参りという気持ちで一緒に参拝することにはしている。

 

前回、3年程前に大人になってからは初めて元旦の夜詣りにトライ、「行く年来る年」が終わってすぐに向かったところ、流石に雷門辺りから行列が始まっている状態であった。

しかし、仲見世の中ほぼ一杯に拡がった人々はあまり止まること無くどんどんと進んでいったため、それ程待つことも、まして待たされた、という実感も無くお参りできてしまった。

 

そこで学んだのは、初詣の待ち時間は、とにかく一度にお参りできる人数による、ということであった。

福岡時代、バスで小一時間かかる山際の神社に詣でた際、それ程の人数がいるとも思えないのに、一列に並ぶ、という最悪のパターンであったため、軽く一時間以上待たされてしまった。

この神社は、小さな社で普段はあまり参詣者もいないのであろう、鈴が一つしか無かったのだ。

先に挙げた井草八幡宮などもその典型であった。

昨年断念した亀戸天満宮・香取神社もそのタイプであることが判っていたため、これでは相当な待ち時間間違いなし、と予測できたのですぐに諦めたのだ。

 

夜になって急に風が強くなってくる中、家を出られたのは1時近くになってしまった。

森下から蔵前までは大江戸線に乗っていこうと思ったのだけれど、駅に着いてみると前の電車が丁度行ってしまったばかりらしく、待ち時間が30分以上ある。ずっと待っているのも退屈なので、そのまま歩いて行くことにした。

めちゃくちゃ寒くはあったものの、正月の空気というのは悪くない。

結果的に約30分、電車よりは少々速いペースで蔵前駅を通過。そこからこれまで通ったことの無い道を行ってみたら、蕎麦の名店並木薮に出くわし、驚く程すぐに雷門前に到着してしまった。

 

この時点で1:30過ぎになっており、流石に行列も雷門よりはずっと減っていて、参道中程(伝法院の門辺り?)からであった。

これは楽勝、すぐにお参りできると思っていたら、どうも様子がおかしい。なかなか列が進まないのだ。

少し進んでは大分待たされる、という湯島天満宮など「大手」の神社に良くあるパターンと変わりない。

ちょっと鬱陶しい酔っ払いの若者集団と離れることも出来ず、流れに任せるしか無かった。

 

一時間程待たされてようやく本堂が見えるところまで来た。

動いたり止まったりしていたのは、本堂の中へ入れる人を制限しており、本堂の階段下で一時停止させておいて、中が空いてきたらまとめてある程度入れる、という形を取っていたからであった。

しかし、前回はここであまり待たされること無くどんどんと案内されていた気がしたのに、今回はここでの動きが遅い。一回案内されてから、次が入れるようになる間隔が結構長いのだ。

 

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やがてようやく本堂の階段を上がる。

上はとんでもない人だった。

しかも何だかごった返していて、人の流れが無い。全然賽銭箱にも近づけない。

本来は正面から入って両脇から出る、と流れるようになっている筈なのだけれど、本堂に上がっている人が多過ぎてほぼ全面賽銭箱に向かう人で一杯になってしまっており、お参りを終えた人の退出ルートが塞がれてしまっているのだ。

なので、人の入れ替えが進まず、次の人もなかなかお参りできない始末である。

警察もブースを作って見てはいるのだけれど、何も指導をしていない。賽銭除けであろう、大仰なシールドに守られているのが滑稽な感じだ。

 

とにかく激しくもみくちゃにされながらどうにかお参りを済ませた。が、そこからが更に大変。

ぐいぐいと迫る人を押し退けないのと出口に向かうことすら出来ないのだ。深夜ということもあり酔っ払いも多く、うちの奥さんなど切れたおっさんに投げ倒されそうになってしまった程。ラッシュ並の混雑で倒れるスペースすら無かったのが幸いした。

 

もう二度と来たいと思えるものでは無かった。

奥さんの説では、年明け早々は一線級の警官を配備してしっかりと監視をしており、遅い時間になったので彼らが交代してしまってレベルダウンしてしまったのではないかと。

真偽はともかく、全く役に立っていなかったのは確かだ。

 

ともあれ、どうにか本堂を「脱出」し、落ち着いたところで浅草神社へ向かった。

こちらはスタイルとしては2~3列しかないパターンなので、進まない列、なのだけれど、実のところとんでもなく人が少ない。

全部で2~30人位しか並んでいないから、本当にすぐ順番が来た。

この落差は何とも不思議だ。

神社の方は本殿が重要文化財でもあるのに。

 

こうして無事本来の初詣も済ませたので、帰途につく。

既に3時位だったろうか。

この時間でも屋台は勿論、周辺の店でも営業しているところがあるのは流石。

まあ、一年のうち明らかに一番人が集まる日だし、やって損はないか。

空腹でもなかったし、まだ帰るにも時間がかかるので、どこにも寄らずまっすぐ

家路を辿った。

 

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仲見世の裏側

 

帰りはもう電車を諦め、歩いて家に戻る。

駒形橋で隅田川を渡り、清澄通りではなく、斜めに伸びる道へと入っていった。

そこからはこれまで全く足を踏み入れたことのないところで、何だか新鮮だった。

住居表示を見ると、本所~石原の辺りらしい。

途中、公共施設かと思うようなえらく立派で面白い建物に出会した。様子を伺っても何だかはよく判らなかったのだけれど、立て看板の表示でYKKの施設であることは判明した。研究所か何かなのだろうか。

といったようにいろいろ探索したりするうちいつの間にか立川に至り、景色も見慣れたものへと変わっていた。

 

歩くこと一時間前後だったろうか、4時頃には無事帰宅し、流石にかなり冷えてしまったので温かいお茶で一服すると、早々に寝てしまった。

 

まだ子供の頃、1~2回祖父や叔母に連れられて同じ浅草寺に初詣に来ていたことがあった(当時はおそらく浅草神社には詣でていなかった筈)。

夜中にお出掛けするなど、こんな時でもなければ許される筈もなく、常にはない興奮を感じていたことは間違いなく、だからこそ今でもぼんやりとではあるけれどしっかりと覚えているのだろう。

こうして再訪すると、おそらくは無意識にその時の昂揚感が甦るのだろう、何だか妙に楽しい気分になってしまう。街が活気付いて賑っているのも一因かもしれない。

これで待たされねば最高の初詣だったのだけれど。

 

まあ、それでも無事に新年最初のイベントを堪能出来た。

これから一年、どんなことが待っているのか。

楽しみなような、とっても不安なような。


鷲神社 酉の市


 11月10日月曜日、たまたま二人とも休みだったこともあって、浅草の北にある鷲神社の酉の市に詣でてきた。
初めて行った昨年は、二の酉で日時を間違え三の酉でようやく滑り込んだので、一の酉は初めてになる。

 

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 平日の日中でも流石酉の市、夜に訪れた前回と混み具合はほとんど変わらなかった。二百万人の人出になると言うからそれもまた当然か。

 特に神社のお参りは行列を成している。参拝が終わるまでに一時間以上かかった前回と変わらぬ感じだったので、そこでのお参りは諦め、横から手を合わせた。いつも通り願い事をするでも無し、気持ちだと思うのでこれで良し。

 

 ここが長蛇の列となりしかもそれが遅々として進まないのは、鈴の数が限られているからである。

 初詣の際に一番顕著になるのだけれど、土地土地のこぢんまりとした神社でもえらく混雑してしまうのはそうした神社では鈴が一つしか無かったりして、そこでは全ての参拝者が一列になってしまうせいだ。

 反対に浅草寺のように鳴らしものも無く(お寺なのであるとしたら鰐口)、一斉に数十人がお参りできるようなところでは、雷門辺りまでの行列が出来ていてもそれ程時間はかからないし、何より止まること無くどんどんと進むのでストレスが溜まらない。

 この問題はいつか皆何とかして欲しいと思っている。

 

 それはともかく。

 

 

 境内には熊手の出店が至る所に立ち並び、ちょっとした迷路のよう。

 以前何も無い時期にお参りに来た際には、さして広い境内とも思えぬところだったのに、長い歴史を経て絶妙な配置によってこの広がりを作り上げているのだろう。

 

 勿論どこも扱っているのは熊手ばかりながら、見ていくと一軒一軒結構趣が異なっている。

 付けられている飾りの種類もさまざまだし、基になる熊手の形も一定では無い。

 今回は、竹を利用した置物タイプが目についた。

 さらに、時代なのか飾り物の猫や七福神などの顔が妙にアニメ・キャラクタースタイルになっているものもも結構あった。

 キティちゃんが登場しているところも一箇所では無かった。まさにキャラクターブームの影響だろうか。

 しかし、こうしたものまでそうなっていくのはどうなのだろう。あまり好きにはなれない。

 

 一当たり巡ってみるものの、とにかく数が多いので決めきれない。

 昨年購入したところが良いかとも思ったもの、店名を全く覚えていなかった。

 

 そうした中で、昨年は初めて、ということで最少クラスのものにしておいたので、今年は御礼の気持ちも込めてワンランク上げようか、という話になった。

 しかも、先にも挙げた竹筒に飾り物を盛った形のものが何だか可愛らしく感じられた。

 

 で、どれにしようか絞り込みに入っていたまさにその最中、一軒の店の方に呼び止められた。

 そこで大振りの熊手を購入された方が出て、その手拍子(三三七拍子)への参加を求められたのだ。

 他人事とは言え何だか縁起が良い。

 で、ふと見るとどうやらその店こそ、昨年入手させていただいた店そのものだった。
 
 招き猫の顔が同じなので間違いが無い。

 母親の出生地でもある西新井の「遠藤」さんというお店だ。

 更に幸運なことに手頃な竹盛タイプのものも置いてあったので、迷わずこれに決めた。

 

 こんな形で偶然昨年と同じ店に出遭えるとは、やはり縁というのは面白いものだと思う。

 店の方もまさにその御縁だけで何とかここまで辿り着いてはいるので、その流れが来年以降も続いていくことを願うばかりだ。

 

 とにかく、良い酉の市詣となった。

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招き猫がちょっと古風ながらとても愛らしい

 

 主目的は済み、後は奥さんお待ちかねの露店探索。

 東京でこれだけ沢山の露店が集まっているのを最近ではあまり見ていない。

 福岡では「放生会(ほうじょうや)」で、もうそれこそ他で見たことの無い膨大な数の露店が立ち並んでいる。本筋(参道)から外れたところでは見世物小屋や冷凍体験コンテナ、陶器市コーナーまである位だ。

 勿論同じ種類の店が幾つもあったりはするのだけれど、あまり余所では見ないものも見つかった。

 ちょうど良いところに「カクヤス」を発見したのでそこでビール(正確には第3のビール)を買って呑みながら散策する。

 やはり屋台ものは粉モンが多いので食べられるものが少なく、途中ではカルメ焼を買った位。

 しかし、そのカルメ焼が焼き立てということもあり、とても軽くて外側はかりっと中はさくっと仕上がっていて実に美味であった。

 元々大好きなカルメ焼、ここまでいけるのを食べたのは初めてかも。

 

 奥さんは「大阪焼」なるものも摂取。

 屋台のおっちゃんは関西では普通にあるようなことをいっていたけれど、ネットで調べると、むしろ関東の屋台ものらしい。

 それとも、名前が違うだけで同じようなものは存在しているのだろうか。

 

 そうこうするうちに、若干酔いが回ったせいもあろうか、辛抱溜まらんといった風情となり、思い切ってベビーカステラを買うことに決めた。

 ここから帰宅するには相当歩かねばならないこともあって、その場で食べるのはあまりに危険なので、持ち帰りで。

 

 そして、たがが外れた勢いで、帰り道で見つけたケーキ屋さん、「ベルノート」にてケーキの購入にまで及んでしまうのであった。

 ケーキについては別途スイーツのブログを制作しているのでそちらに書いておく。

http://taharamakoto.com/sweets/

 

 結局のところ、なかなかに堪能しきった一日となった。